
今年に入ってはじめての海外は香港とマカオだった。この2つの国といえば、有名孤高小説『深夜特急』のスタート地点でもある。出張前に、ふと小説を読み返してみると、この2つの都市への思いが募ってくる。小説の主人公を熱狂させた香港とマカオ。その今を見てこよう。
空港から九龍へ

香港の空港は、羽田から羽田に降り立ったと感じるぐらい清潔感にあふれていた。ひとまず、Uberの指示に従ってピックアップの駐車場に移動する。
タクシーに乗ってメーターを気にするより、キャッシュレスなサービスのほうが安心できる。とくに後に訪れるマカオではタクシーがひどいようなので、配車サービスは旅の幅を広げてくれるすばらしいサービスだ。

空港を出発すると、すぐに車の窓から乱立する高層マンションが見えてきた。明らかに違う国に来たと感じる瞬間だろう。尖沙咀(Tsim Sha Tsui)中心にあるホテルに到着し、車を降りたときの匂いと雑踏がまた、異国の地にいることを教えてくれる。

香港には新しい風景と古い風景がまじりあった場所がある。平地が狭いせいか、高階層ばかりの古いマンションの奥には、さらに公開層のビルが影のように伸びていた。

まずは地元香港人が「絶対に訪れるべき」と言うThe peak(すなわち百万ドルの夜景)へと向かう。九龍公園を横目に眺めながら、メインロードと言えるネイザンロードを海へと向かっていく。
九龍エリアの中心を走るネイザンロード沿いには九龍公園があり、賑やかな繁華街のそばに、下町感あふれる公園が広がっている。朝には太極拳、ヨガ、体操など、香港の人たちはみんな健康的だな。

街を歩いていて気になったのが工事現場の足場。まさかの「竹」。こわごわ触ってみるとびくともしねー。気を抜くな自分。きっといきなりジャッキーが現れて格闘がはじまって、竹を武器としてうまくつかうんだ。

去年、アジアをいろいろ巡って、信号のない場所を渡るスキルが身についた。渋滞時は運転手の目を見ながら、じわじわとタイミングをはかって車の流れに自分をねじ込むように渡る。
しかし、香港ではそれはとても危険だ。なぜなら、車優先だから。基本的に歩行者が待って、車は待ってくれない。だから、左右をきちんと見て渡らなければならない。
九龍からThe Peakへ

九龍側から香港島を望むと、香港ならではの地形が印象的だ。香港は天然の港としてイギリスが選んだ場所。最初に支配した香港島は、硬い岩盤にも恵まれているため、このような高層ビルが建てられるらしい。地元の人が言うには、香港島の高いエリアに住むほどステータスが上がるらしい。

もちろん移動手段はスターフェリー。海とフェリーの燃料のまざりあった独特な船の匂いを発しながら、のんびりコトコト海の上を進んでいく。流れの早そうな海峡の絶妙な揺れによって、久しぶりに船酔いになった気がするが、海風を大きく吸うと気分が楽になった。
『深夜特急』のようにアイスを食べながら風景を楽しみかったけど、そういうお店は見当たらなかったので、自動販売機のマンゴージュースで我慢する。

香港島の中環(セントラル)は世界有数の金融街の中心地。こころなしか、行き交う人たちの歩くスピードが速く、焦るように路面電車が行き交っている。
九龍側が下町感あふれる新旧の混じりあった街だとすれば、ここはまさにビジネス街だった。

香港の建物は構造が面白い。ある本に書いてあったが、真ん中に穴を開ける構造にするのは風水の影響らしい。
香港島にあるアップルストアは、道路の上に店があり、たくさんの人で賑わっていたが、地元の人に聞いてみると、ほとんどが中国からの観光客らしい。たしかに、いたるところにそれらしき人がいるようだ。その風景は日本にも似ている気がする。賑わうのはうれしいのだけれど、民度の違いにちょっと困惑するような複雑な気持ちだ。

ロープウェイは、平日の昼間でありながら混んでいた。おそらく一時間くらいの待ち時間だったので、Uberを使って頂上へ。途中、山の中にスーパーがあったり、この山に住むのがステータスとはいえ、不便な場所だから、自分が住むならゴメンだなぁ。
山頂も混んでいるが、撮影には困らないぐらいの広さはあった。展望台からもいいけど、この中国っぽい建物からの眺めのほうが好きだな。

展望台は大賑わい。だんだん暗くなるに連れて、夜景の輝きがどんどん増していく。輝く高層ビルと海と山。たしかに、こんな風景はなかなかないだろう。

帰りももちろんスターフェリーを利用。この風景を眺めながら、ゆらゆら船に揺られて九龍に戻っていく。毎日20時に光の演出があり、海沿いは多くの人で賑わっていた。
九龍からマカオへ

翌日は思った以上に時間ができたので、マカオへと向かった。九龍公園を抜けた場所にフェリーターミナルがあり、そこから1時間かからずにマカオに行ける。ターミナルはやはり平日でも多くの人(おそらく中国人と少しの韓国人と日本人)がいた。

マカオのタクシーにはぼったくりの噂がつきまとうのと、手持ちが数千円しかなかったので、マカオのフェリーターミナルからは歩いて散策することにした。途中、ギア要塞が右手に見えたので登ってみると、多くの人が運動に勤しんでいた。マカオの人たちも健康にはとても気を使っているようだ。

さすが要塞だけあって、とても眺めがいい。中心に大きく見える、キンキラでデコられた花のようなデザインの建物が、マカオを象徴するグランド・リスボアホテル。そこからすこし離れると、びっしりと古い住宅街やマンションが並んでおり、ここもまた新旧が入り乱れた風景になっていた。

ギア要塞を降りてごみごみした街を歩いてみた。狭いエリアに密集する建物。せり出したベランダ。生活感溢れる風景では、自分ではない誰かが、自分とは違う場所で息づいている。この息吹を感じられるのが、旅行の醍醐味でもある。

聖ポール天主堂跡は、『深夜特急』では地元の子供達が遊んだりする憩いの場所として描かれていたが、もうそんな時代は終わったのだろうか。土産物屋も多く並び、たくさんの観光客で賑わう普通の観光地になっていた。それでも、迫力ある前壁はさすが世界遺産。圧倒的な迫力が多くの人を魅了しているのだろう。

マカオは小さな地域だが、世界遺産が30箇所もある。セナド広場付近にはたくさんの教会があり、とてもカラフルな色彩が存在感を出していた。そしてなによりも、道に敷き詰められた美しいデザインのタイルたち。ポルトガル時代の名残が、街全体を美しく仕上げているようだ。

こちらも世界遺産である思想家の宅亭「鄭家屋敷」。月門が風情があってとてもよかった。

マカオにはいたるところに小さな広場があり、狭い町並みの間に木々が生い茂り、市民の憩いの場になっていた。こちらはたぶんリラウ広場。カラフルな町並みのあいだにあったこじんまりとした広場がとてもいい風景だったので写真を撮っていた。

媽閣廟は海の神様を祀った場所。ちょっとわかりにくいが、大きな岩がごろごろと並んでいて、ちょっとした山を登りながらお参りをしていく形になっている。この媽閣廟の前の広場も世界遺産である。

街を一周りして夜も暗くなると、マカオの街が本当の顔を見せてくる。ホテルリスボアはマカオを代表する老舗ホテル。中は迷路のような作りだったが、いたるところが豪華にしあがっているが、変に成金感もなく、日本にはなかなかないタイプのホテルにだろう。

そのカジノでは『深夜特急』で作者がどはまりした「大小」たるギャンブルが連夜開催されている。はじめてそれをみたけれど、大か小を当てるシンプルなルールは、中毒性が高そうに感じた。きっとぼくがやったら大にしか賭けないだろうな。
カジノを見るのは2回めだったが、1回目にケアンズで見たカジノは市民の娯楽施設に近かった。現地に住む日本人が言うには、コーヒーをただで飲めたりするので、休憩するために行くそうだ。
でもここはぜんぜん違う。コインを失った客は札をテーブルにばらまき、人の多いテーブルの熱量もぜんぜん違う。なによりも、多くの人が金額なんて気にしていないように賭けていくのだ。
そしてカジノ周辺には、貴金属のお店がずらりと並んでいて、ショーケースには黄金に輝くものばかり並んでいる。正直に書くが、マカオには節操がない。マカオならではの風情は、カジノによって大きく失われてしまったのかもしれないが、場末感漂うカジノのネオンを見ると、これが風情なのかもしれないなとも感じてしまう。

マカオは小さな地域なので、4〜5時間あれば昼食込みでひととおりまわれる。途中、カフェが全然なくて、思った以上に休憩ができなかったが、教会や小さな公園、広場にはベンチがあるので、飲み物を持ち歩くのがいいだろう。今の季節は長袖Tシャツに羽織るものがあれば十分な涼しさで、夏場になるとそうはいってられない暑さになる場所だ。

一人で入りやすい食事処もあんまりなかった。ランチは民政総署脇の坂を登っていった途中にある麺屋を利用。おすすめのワンタン麺は、薄味だがおいしかった。夕食はグランドリスボアカジノ内を抜けて登っていった先にある粥麺荘を利用。デザートまで食べて2000円ぐらいですむのでおすすめ。
おわりに

最後はやっぱりスターフェリー。この風景と時間を過ごせたのが、今回の旅で一番いい思い出になったと思う。何回乗っても飽きない。

すれ違うフェリーを見送りながら、この旅がどういったもので、何を感じ、何を思ったのかを考えた。
多分、『深夜特急』の世界のような熱狂はもうなくなってしまっただろう。なぜなら、香港返還前(『深夜特急』はまさに返還前の物語)と比べると、たくさんの違う価値観が流れ込んできたからだ。
でも、香港の人は香港の人らしく生きているだろうし、古き良き時代を懐かしがるのもいいが、新しい年代に入れ替わっていたとしても、大切にしていた価値観はそう簡単に変わったりしないはずだ。
これからも香港は激動の時代を迎えるのだろうが、また訪れたときに、今回感じたような海風と街の匂い。そういった風情をまた感じられるといいなと思う。