私がプログラマになった理由

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crossroads sign by Bill_Owen, on Flickr

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僕が行っていた高校は、どちらかというと進学重視の高校で、僕の記憶が正しければ1年生の頃から進路を考える必要があった。「そんなのわかるわけないやん」とか思いながら過ごしていた気がする。

そして、3年の時、クラスの最後まで進路を出さなかった自分は、入学試験のお金でプレイステーションを買い、その後、先生に「フリーターをします」と宣言した。これがはじまり。

当時は、フリーターが社会的問題になりかけたときで、先生も理解できなかっただろうし、両親も当時は理解できなかったかもしれない。でも、「なんとなくみんなが大学行くから」とかいう理由で数百万払うのは嫌だし、「ちょっとドロップアウトしてみるか」という寄り道気分だったのだろう。

そういうわけで、3~4年続くフリーター生活が静かにスタートした。

当時は、働くのが好きだったので、いろんなアルバイトをした。長いものだと1年以上つづいたが、気分でふらっと辞めてしまったものもたくさんあった。大人のリアルな土下座とか、殴り合いの喧嘩とか、食い逃げする子供とか、売上を持ち逃げする人とかいろんなものを見た気がする。世の中にはいろんなことがあるんだと思った。

そんな中、仕事帰りに立ち寄ったビリヤード場でビリヤードに出会い、当時、アマチュアでも強い女性プレイヤーにボコシバにされ、悔しくて毎日行くようになった。そのうちに、「よし、プロになろう」と決意し、店員になって1日過ごしたりするうちに、ビリヤードが生活の一部になった。

ビリヤードのいいところは時間を忘れて楽しめるところだ。頭の中で計算し、描いたイメージを体で実現する。最後には、相手との心の戦いになり、心技体をつかって真剣勝負をすることができる。負ければ自分が悪いし、勝てば自分が強いというシンプルなルールがわかりやすい。

時間が無限にあり、環境にも恵まれたので、僕はどんどん強くなった。いつのまにかボコボコにされた女子プレーヤーよりも強くなった。アマチュアビリヤードにはAクラスとBクラスがあるのだが、アマチュアB級公式戦に初参加したときは、400人中9位タイになり、周りからすごくほめられたのがうれしかった。

当時はちょうどインターネットが普及してきた頃で、親父が持っていたPCを使ってジオシティにビリヤードサークルのためのホームページを作った。関西でオフ会を開き、100人ぐらいの人が登録していた気がする。

オフ会に集まるメンバーは社会人が多く、ソフトウェアエンジニアが多かった。彼らの話を聞いていくうちに、エンジニアになろうと思ってこの業界の勉強を始めるようになった。

やがて専門学校に通いながらシステムサポートのバイトを始めた。コールセンターを手伝いながら、社内ネットワークを組んだり、当時は少なかったグループウェアをPHPで書いたりして楽しんでいた。作ったものが喜ばれ、使う人が便利になっていくのは気持ちいい。

そして就職活動をするようになり、そのうちに横浜の開発会社と出会った。たしか1時面接の前に「作文を書く」ってのがあってこう書いた記憶がある。

「世界の先っぽを、一番近くで眺めることができそうだからエンジニアになりたい」

その後、面接は進み「最終面接に来てくれ」と言われて「お金がないから行けない」と伝えた。そこで交通費を出してくれなかったら違った人生だったんだろう。

世界の先っぽを見てるか?今の自分。