
「開発ツールを使うと「思いやり」が減る(前編)」に続きまして、後編として管理者としての道のりをお話させて頂きます。ツールを導入するときにはいろんな甘い言葉を聞くことがあります。
甘い言葉

まずは細かく管理できるというマネージャがよくいう言葉です。作業時間の管理などをツールで実現したい人に多いと思います。私もはじめは作業時間の調査で使いましたが、先に話したように途中でやめました。
ただ、今一緒に働いているメンバーがツールに興味を持ち、作業を全部JIRAに登録しようと試みたことがありました。しかし、結果は3回挑戦して3回失敗しています。やはり、すべての作業をデジタル化するのは無理があるようです。
次に機能が豊富で便利という言葉。大抵のツールベンダーは機能を売りにしています。しかし、ツールで実現できることと、それで便利になるというのはまったく違います。彼らはそこまで助けてくれないので、自分で頑張るか、この勉強会のようなコミュニティーに参加するか、有料サポートを探すかになるでしょう。
私の場合、JIRAの話になりますが、いろいろ使って結局便利だったのはバックログを管理する画面だけでした。しかし、それも結局、Excelで十分であることに気がつき、使うのを止めてしまいました。
流行ってる

最後に流行っているという言葉について。ツール導入だけでなく、新技術の導入でもよく聞く話です。新しいほうがよく見えたり、周りが使っていたり。
個人的にはそのマインドを応援したいのですが(条件付きで)、流行りに乗って作業を全部ツールに登録したけど、なんだか不便。でも、もとに戻すコストがもったいないので戻れない。こんな悩みを聞いたことがあります。時間やお金を使うともったいない気分になってしまうものです。
また、ブームに反応する人の中には、自分のことしか考えず、何かと理由をつけて導入を試みようとする人もいます。Redmineのようなツールの場合、最近よく聞くのが、遠隔地のメンバーとのやりとりにつかいたいとか、いつでも自席で状況を確認できるとか、メールで更新を通知してくれるとか。これって本当に便利なのでしょうか?
会社に引きこもろうとする人たち

遠隔地と連携するより一緒に働いたほうが速いです。自席で見なくても、チームに声をかければ最新の情報を確実に理解することができます。更新のたびにメールが飛んできて集中できますか?
たしかに、ツールを使えば個人の集中力は高まるかもしれません。しかし、会社で働いているならば、チームで集中したいポイント、組織で集中したいポイントがあるはずです。本来、会社では会社でしかできないことをやるべきでしょう。
先にもでてきましたが、全部の作業をツールに登録するということは、チームの作業までツールに置き換えることになります。チームでの作業で個人間の連携は不可欠です。その連携をツールを使ってやりとりするのと、実際に会って話すのでは、どちらが効率的なのでしょう?
効率だけ考えていいのでしょうか?効果はどうでしょう?周りが言うメリットが、自分たちにとってデメリットになる場合があります。それが、こういったツールによるコミュニケーションの壁を作るのではないでしょうか?
ツールを使うと効率が上がって思いやりが減る
Redmineのチケットに「なるべく早くお願いします」と書かれていたり、「チケットの内容がよくわからないからもう一回書いて」とかがコメントされていたり、「チケットの更新を見てないの?」みたいなやり取りが生まれたり。
ツールを使うと便利なはずなのに、なぜこういった悲しい出来事がおきてしまうのでしょうか?ツールを導入すると効率は上がるのですが、その代わりに、思いやりが減ってしまうように思えてなりません。

話はそれますが、私は正月によく京都の神社にお参りに行きます。八坂神社という有名な神社に行った時に、お守りを買おうとみてみると、「カード守り」というものがありました。普通のお守りは1000円でカード守りは500円。巫女さんに聞いてみると「値段は違いますがどちらもご利益は同じです!」と言います。
でもなぁ・・・と迷っていると巫女さんはこんなことを言いました。「カードだとお財布に入れることができますよ!」それを聞いて、「そりゃ便利だ」と思わず買ってしまいました(会場笑)。私はご利益を期待してお守りを買おうと思っていたのに、便利さに心を動かされたのです。
ちょうど、この話を今日(発表の当日)自分の上司にしたのですが、上司はこんなことを言ってました。「ご利益を疑った時点で、価値が失われているんじゃないか」お守りのカード化はすばらしいソリューションかもしれませんが、ありがたみが失われてしまったのであれば、価値もなくなるでしょう。
ツール管理者の視点
ツールの導入や活用を経験し、思いやりが減る状況も経験しました。この経験を生かし、どうやってツール管理者としてやっていけばいいかを考えてきました。
まずはビジョンを持つこと。上の図は2010年頃に考えた開発ツールの構成です。「どういう開発環境が理想なのか?」利用するメンバーと話しながらビジョンを描き、実現していくのはとても重要です。
次にツールの管理をしないこと。人は変化を好みますが、誰かに変化させられることを極端に嫌うものです。やりかたを押し付けるのではなく、自分たちに合ったやり方を選べる環境と、選ぶ力を身につけてもらうほうがいいでしょう。
組織の規模によって異なるかもしれませんが、私の場合、集中管理と分散管理では後者を選んでいます。柔軟性があり、影響範囲も小さく抑えることができるからです。なによりも、ユーザに環境を与えるだけで、ユーザは想像力を働かせ工夫を始めてくれるようになります。
また、管理のコストを考えると、自社で構築するより、借りたほうが安い時代になりました。例えば、ホスティングサービスのアトラシアンオンデマンドの場合、年240万ぐらいで2000ユーザがJIRAとConfluence(Wiki)を使うことができます。管理者の年収とどちらが安いですか?
そして捨てる勇気を持つことです。現在では、2010年に考えたビジョンの半分以下のツールしか残っていません。
ツール導入は繰り返し行う実験です。実験には予想や期待があり、それを確認するために計測を繰り返します。計測で得たデータを元に、次のビジョンを考えたり、計画を調整する必要があります。
ツールではなく人を中心に考える
最後に、思いやりを減らさないように気を配ることです。ツールの機能や使い方は、マニュアルをみればわかります。だから、どう使うか、いかにうまく使うかを考える必要があります。
上の写真は、現在支援しているチームの朝礼後の風景なのですが、朝礼で情報共有したあとに、各自で書くメンバーと作業の調整を行なっています。調整が終われば好きなだけ集中して開発すればいい仕組みしたいからです。
ツールとして「かんばん」を使っていますが、会話が先にありきです。もし、ツールを中心にコミュニケーションを取ろうとしたら、私はいつもメンバーにこう言います。
「もっと話せ」「自分や相手をあきらめるな。もっと伝えろ」
何回も何回もこのセリフを言っていますが、これはツールではなく人を中心とした開発にしたいからです。人を中心に環境を整えたほうが、よりよい開発となり、思いやりのある場を作れる。経験からそう考えるようになりました。
長くなりましたが、私の発表はこれで終わりになります。皆様の現場でも、ツールが有効活用され、思いやりのあるクリエイティブな開発環境になるのを祈っています。ご清聴ありがとうございました。
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資料はSlideshareで公開させて頂きました。ブログと合わせて読むことで、少しでも発表時の雰囲気が伝われば幸いです。
ソフトウェアプロジェクトにおけるツールの活用を考える会では、ツールに興味のあるメンバーを募集しているそうです。ツール管理をされているかたにおすすめのコミュニティです。
また、小井土さん、@snskさん、スタッフの皆さん、40人枠の勉強会で20人懇親会に来るという前のめりな参加者の皆さんに感謝いたします。ありがとうございました!