関ヶ原 – 司馬遼太郎を読んで、石田三成が好きになった

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孔子は仁を説き、孟子は末世なるがゆえに義を説いた。義のみが、世を立て乱をふせぐ道であると説いた。義は不義に勝ち、義のあるところかならず栄えると説いた。
しかし、このたびの戦いは逆である。不義が勝った。

そして、こう続く。

しかし、人間には義の情緒はある。

日本最大級の戦いである「関ヶ原」。それを綿密に描いたすばらしい大作だった。

「関ヶ原の戦い」と言えば、豊臣から徳川の時代に変わった戦いというぐらいしか知らなかった。高速を車で走っていて、関ヶ原あたりを通ったことがあるけど、それほど印象があったわけでもない。そんな場所で、歴史を変える戦いが行われたという。

石田三成は正義感が強く、異常なぐらいに豊臣政権のことを考えていた。人の感情を考えず、その感情を感じ取る能力が欠落しており、横柄者(へいくゎいもの)と呼ばれ、敵を多く作ってしまった。三成自身が文官であり、武将ではなく、20万国足らずの大名でしかなかったのも関係があるかもしれない。

結果、関ヶ原では三成の西軍の3分の1だけが死闘し、小早川の裏切りによって敗北を余儀なくされる。しかし、頭脳に優れ、軍備を整える事務作業などではとてつもなく才能を発揮し、秀吉の朝鮮出兵の際は、一人で遠方へ人を送る準備を進めたとさえいわれている。

その能力を生かし、家康率いる東軍と対等に渡り合い、結果、対等の軍を集め、最大級の戦の主人公になったともいえる。「関ヶ原」を読んで、これは戦ではなく情報戦だと知った。そして、何よりも、滅亡に向かう三成や、それを知っていて支えようとする島左近の姿に心を打たれた。

でっかいことをやってみたい。

多分、三成も、結局、直江兼続も、島左近も、真田昌幸も、黒田官兵衛も。それだけを思っていたのかもしれないと思った。こう考えると、たび重なる苦境に立たされ、潔く散った西軍の武将たちの気持ちがすごくわかった気がした。また、なによりも、三成の人物描写が自分に似ている気がした。
私も、正義感なのかはわからないが、人の感情を考えない時がある。

三成とは違い、あえて考えないようにしているところが、自分の性根を表しているのだろう。最近、「もう少し考えを砕いて、人と向き合ったほうがうまくいく場合がある」と言われたり、数年前では、いとこのおっちゃんからは、「もう少し丸くなれ」とアドバイスをもらった。

しかし、私はそこで「でも、自分が正しいと思ったことを信じたい」と考える。その場だけの軽い言葉をやりとりするよりも、ぶつかりあって心の底からわかりあいたいと願う。その結果、好かれること半分、嫌われること半分なのは重々承知だが、そういう生き方があってもいいんじゃないかと思う。

世界を夢のまた夢と考えるならば。

・・・

最後に、高坂正堯さんが三成の人物評としてこんな解説を書いている。

彼は潔癖で、激しく不正を憎んだがそれは狭さに通じた。

いとこのおっちゃんも、その「狭さ」を私に伝えたかったんだろうと気がついた。ちょうど、これからの人生の歩き方を考える時期に差し掛かっているが、その狭さと向き合ってみようか。今はまだわからないが、司馬遼太郎の小説は、私というへいくゎいものの人生を変えようとしているのかもしれない。

大一大万大吉

一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下の人々は幸福になれる。石田三成は、きっと、迷うことなくこれを信じたのだろう。