ホリエモンと山崎晃嗣

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私は法律は守るが正義の実在は否定している。合法と非合法のスレスレの線を辿ってゆき、合法の極限をきわめたい

上は「光クラブ事件」の山崎晃嗣という人の言葉だ。ちょうどホリエモンが逮捕されたときに、新聞の片隅に載っていた。
僕はこの人の言うことに共感した。結果、ホリエモンも山崎さんも破滅の道を辿るのだが(山崎さんは自殺してしまった)、アプレゲールとよばれる「非社会的」「無責任」な部分が大きくみえど、なぜか正しい部分(正しかったというべきか)も感じるのだ。
昔、「女神転生」というゲームがあったのだが、主人公の行動によって「法と秩序(Law and Order)と自由と混沌(Free and Chaos)」に分かれストーリーも変わる。一見「法と秩序」が正しい選択に感じるが、これだと以外に残酷な現実がまっている。
「法と秩序」では少数意見は抹殺される。すなわち、極論になるが「誰か一人が死ねばみんなが助かる」ならば「誰か1人に死んでもらう」というのが「法と秩序」に当たるのだ。僕はこれを郵政民営化で少数意見を消し去った小泉さんを見て感じた。「偏っている」不安を感じるのだ。
逆に「自由と混沌」を求めたとしても、強盗や恐喝が自由となり世界は混沌する。どちらにも傾かない中庸(ニュートラル)が正しいのかもしれない。これは「ロードス島戦記」で、白でも黒でもなく世界を安定させようとする「灰色の魔女」という物語があり、ニュートラルを信じた魔女の物語はとても面白かった。
上に書いたホリエモンも山崎晃嗣も「法と秩序」を選んでいるのではないだろうか。世界が認める法律の抜け穴を狙って合法的に力を遂行する。誰もが信じている「法に守られた自由」の危険性を感じてしまうのはなぜだろう。白でも黒でもない灰色を望めないのはなぜだろう。
もしかして絶対的な正義も悪も無いのではないか?
<参考>
光クラブ事件 Wikipedia
女神転生 Wikipedia
ロードス島戦記―灰色の魔女
光クラブ事件がモデルとなる小説
三島由紀夫の青の時代
高木彬光の白昼の死角