僕にとっての不誠実とは何か

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毎年誕生日には、自分の今考えていることをまとめて残すようにしている。それがもう14年になる。毎年結構考えて書いているのだが、今年はいいネタがなかなか思いつかない。だから、誕生日に書くことではないかもしれないけど、今年は最近よく考える不誠実について書いてみようと思う。

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面接後の質問タイムは不誠実

例えば、最近こんな話をした。仕事柄、面接をよくしている。面接の手引きなどでよく見かけるのが、

  1. アイスブレイク
  2. 職務経歴をまじえた自己紹介
  3. 面接者からの質問
  4. 最後に候補者からの質問

とか。僕の面接は会話をとても大切にしているので3がほとんどの時間を占めており、会話が終わる頃には、面接の合否があるていど固まっている。面白いことに、その答えは、一緒に面接に来てもらっている現場担当者とほぼ同じになり、ほとんどミスマッチが起きていない。

となると、もし、面接がNGの場合、最後にいつもやっていた「何か質問があればどうぞ」は、面接者にとって意味がなくなる。相手が満足するならそれでもいいかもしれないが、いくら質疑をしてもNGはNGなのだから。

僕はこれを不誠実だなと感じた。

だから、これからは、面接に来ていただいた人に敬意を払い、面接の最初に自分たちの自己紹介からするようにした。そして、質疑応答は面接の最初にするようにした。

大企業は不誠実

今年の頭に転職した。

もう、50人を超えるメンバーに対して半年一回一人五分を切る謎のタイムアタック型評価フィードバックをしなくてもいいし、社長の書いた本の読書感想文を集めなくてもいいし、面倒なのでAmazonのレビューをコピーして提出しなくてもいいし、急に謎の誓約書を書かされたりもしないし、突然翌日から勤務時間が早くなったりもしない。

こういった煩わしさがなくなると手を動かせるようになった。今だとコーティングに時間を使えるのでだんだんコミットが増えてきた。ちなみに上のグラフで去年の部分は、育休中に勉強したAndroidアプリの影響。サービスやプロダクトに向かって働くのはとても楽しい。

でも、いい経験になった。社長に向かって働いたりするのは、本当に性に合わないことがよくわかったからだ。誰かの面子に向かって働くということは、創造的な仕事ではなく、その人のやる気を奪ってしまうひどい作業だ。そんなことするなら荒れ地に木を植えたほうがよっぽど世の中の役に立つ。

それを「いや大人なんだから」という理由で我慢するのも、僕にとっては不誠実以外の何者でもない。

そこにいない人の話をするのは不誠実

今になってわかったことだが、二人で話をする機会があっても、そこにいない誰かの話をする人がびっくりするほど多い。きっと、それがはじめてのデートであれば、その後うまくいかないのは明らかだろう。

なのになぜ?

ポジショントークという言葉を最近覚えたが、きっとそれにより自分を守るためなのだろう。自分を守るために誰かを犠牲にする。それは不誠実だ。

では、この場合、誠実とは何か。誰かに聞かれたときにこう答えた。

その人がいる目の前で同じ話をすること。できないのであれば、それは両者にとって価値のないものだ。

誰かの話を誰かにするものではない。本当に伝えたいのであれば、その人に伝えるのが一番いい。

おわりに

これから何をしたいかとかそういうのはまったくわからないのだけれど、不誠実は嫌だということはよーくわかった。偏屈な考え方かも知れないが、そうならない生き方をこれからは目指していきたい。

もちろん、大変なこともあるけれど、本人がそれに納得しているなら、間違いではないはずだ。