仕事

エンジニアの心

春からネット企業で働く、新社会人の仲間たちへ

ネット企業で働きはじめて6年。少なくとも6回は新人の入社を見てきたわけですが、さすがに何回も見ていると、うまくやれる子・やれない子といった法則があるように感じています。今日はせっかくなので、この春からネット企業で働く人に向けて、僭越ですがお話しさせていただこうと思います。
エンジニアの心

プロダクトオーナーとエンジニアの役割分担が失敗した話

友達から「優秀なエンジニアが会社をやめた」という話を聞いた。まぁ、とても残念な話ではあるだろうが、友人の話がなぜか心の奥にひっかかっていたので、考えをまとめながらここに書いてみる。
我思う

あと30年も働くから未来のための一年の計は元旦にあり

毎年、自分を見つめなおすために書いているLinkedInの履歴書ですが、年々、その内容が薄っぺらくなっている気がします。まだあと30年働かないとだめなのに、12年目でこれってどうよ? ということで、ちゃんと一歩ずつ成長していることを実感するために、今年実現したいことをいくつか書いておこうと思います
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我思う

定期券を買っても1年の半分の月で損をする場合があるってこと

定期が切れそうだったのですが、年末休暇があるから買わないほうが安いのかなーと思って調べてみると、20日以上往復で使わないと元が取れないことに気が付きました。年末年始や盆休みで月2日休むとしたら、2014年だと4ヶ月(1年の30%も!)損をします。まじかよということでちょっと調べたことをまとめます。
我思う

「意味あるんですか?」とすぐ言う奴には「意味ないとダメなのか?」を問いたい

何かをはじめたくてチームに相談をもちかけたときに、よく出てくる反応が「それ意味あるんですか?」というもの。こういう反応をする人には「お前は意味がないと何もせんのか?」と問いかけたくなる。
我思う

最近の若者は自分のお給料を気軽にシェアするらしい

聞くところによると、最近の若者は自分の給料情報を気軽に同僚に話すそうだ。そして互いの額面を比較して「もっともらっていいはずだ」みたいな話をするらしい。今日はそういった他人と比較したがる若者のことについて、思ったことを書いてみる。
我思う

コミュニティでがんばっても給料は上がらない

「オープンソースへの貢献を推奨する」とか「外部への発表も推進している」とか。そういうことをいう企業は増えており、今後も増えていくんだろうなぁと思う。これはすばらしいことだ。ただ、推奨すると言うだけでなく、応援する仕組みを用意しないと、コミュニティでがんばっても給料は上がらない。
我思う

自分の価値は自分で決めるということ

この前のカンブリア宮殿は「元気な道の駅」の特集だった。なんとなく見ていたけど、愛媛の「内子フレッシュパークからり」の事例が鳥肌でるレベルで衝撃だったのでちょっと書いてみる(うるおぼえな部分もあり)。
我思う

彼のあの態度の事を考えると勇気がわいてくる

昔、ある後輩から転職の相談を受けたことがある。その後輩は「自分がやりたいこと」と「現状の不満(とくに自分以外の人や環境)」の話をしてくれた。それを聞いてこんなことを思い出した。
我思う

昔、一緒に働いた仲間が会社をやめた

昔、一緒に働いていた仲間が会社を辞めたそうだ。彼の未来に幸せが訪れることを祈る。久しぶりに飲んでいろいろ話をしてみると、みんな「漠然とした不安」を持っているんだなーと感じた。
思い出し笑う

「卒業」なんてキレイ事言うな

春は出会いと別れの季節。「この度、○○を卒業します」みたいなメールが来ることが多くなったが、この文言を見るたびに思い出す人がいる。もう10年以上前になるのか。京都で出逢った女性がこんなことを言っていたのだ。
思い出し笑う

後輩エンジニア向けの結婚式乾杯スピーチを考えてみた

前に後輩と飲みにいったときに結婚の話題になりまして、スピーチを誰にお願いするかとかいろいろ盛り上がった。自分が頼まれた場合は「3つのContinuousの話」をしようと妄想している。
エンジニアの心

「チームで働く」という偏狭さ

プロジェクトやプロダクト。どんな単位でもいいのだけれど、ある程度の人の集団で働くことが多い場合の話。最近、違和感を感じたのが「チーム主義」みたいな文化だ。軽々しいチーム主義。それだけでは不十分ではないだろうか。
我思う

「指切りげんまん」は約束させる最強のプラクティス

ちょっと後輩にスケジュールを確認することがあったのですが、「1〜2週間後」とかあいまいだったので、試しに「じゃぁ、指切りしよう。2週間でできなかったら針千本飲んもらうからね!」と明るく言ったら、指切りしてくれませんでした。近くにいたその子の先輩にも同じ事を言ったのですが、指切りしてくれませんでした(おのれ!)。
我思う

社会人10年目をなんとか乗り越えたからエールを贈る

35歳になった。35歳といえばプログラマ定年説だ。とりあえずプログラム書いておこう。「echo "happy birthday 自分。産んでくれてありがとう。生きててよかった。"」そして、僕はちょっぴり遠回りして2003年に社会人になったので、ちょうど社会人10年が終わったことになる。今日は10年で学んだり、感じたり、考えたことを書いておこう。
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