
(写真)青、蒼、藍
「フリーター」ということについてかいてみました。
自由人でいると迷うことばかり。
何をしていますか?何に向かっていますか?
自由人
あなたはなにをしていますか?
中学のとき僕は文科系のクラブに入っていた。
余談だが、母校「箕面第一中学校」は情報の施設がべらぼ~にすごく
「技術部」にはいっていたのだがその施設をたくさんつかえたのだ。
しかしまぁ、いいかげんな部なのでほとんどが適当だった。
ほぼ帰宅部のぼくがよくいわれたのだが、
放課後になると「クラブ」のためみんなが「だるいな~」とかほざきながら教室から去っていく。
いそいそと帰る用意をしているぼくに「いいな帰宅部は・・・」とかいってくる。
フリーターが最近増えているらしい。
フリーターといえば聞こえはいいが、ようするに「プータロー」。ただのアルバイトである。
そんな僕に、中学校のころのように「いいなフリーターは」といってくるひとがおおい。
仕事がつらい。きつい。などなど、社会人にはいろいろあるかもしれない。
しかし、これは完璧に人を侮辱している。
ぼくからいわせれば、
「じゃぁやめてフリーターになればいい。だれにでもできるだろ。それができんならだまっとけ。」
いろいろある、とかなんかどうでもいい。
いやならやめろ。人のことはほっておけ。
みんな誤解しているがフリーターは自由なだけではない。
ばかやって「今日が楽しければ・・・」とか言う人ばかりでもない。
自由はつらいのだ。
自由といえばきこえがいいが、少し考えてもらいたい。
いきなりあなたが、仕事も家庭もすべてがなくなり「すきにしていい」といわれてごらん。
あなたは困るだろう。自由なゆえになにをすればいいかわからず、苦しむのだ。
「人生」とか「将来」とか・・・たくさんの重いプレッシャーがのしかかり、苦しむのだ。
僕の考えだが、強くないとフリーターにはなれないとおもう。
プレッシャーにつぶれる人間はいい。
しかし、プレッシャーにきづかなかったり、見向きもしない人間は、ただのプータローなのだろう。
そういう人間は逃げている。でも、そういう気持ちもわかる。
一本の線がある。フリーターははじめその線の上に立っている。
線の向こう側には居心地のよさそうなところが、反対にはつらそうな場所。
険しい道。いっぽまちがえれば居心地のよいあたたかい場所でねむってしまう。
そのほうが楽だから。一方、険しい道の先には何が待っているかわからない。
その先が「夢」というものなら「夢」という場所に立ちたいと思うなら、
どんな苦しいことでものりこえることができるだろう。
そのさきが知りたいなら、どんな場所でもさがすだろう。
僕たち人間にはその力がある。
あきらめるな。
僕は何をしてきただろう?
いろいろなことをやって、やはり何も考えず生きてきたほうが多いのかもしれない。
いろんな人に出会い、楽しいこと悲しいことたくさんあったけど、すべては素敵な思い出。
かけがいのないものだ。しかし、逃げていたほうが多かったのかもしれない。
「あきらめるな」とは自分に言ってやりたい言葉。忘れちゃいけない言葉。
最高な自分にはいつでもなれるのだろう。チャンスさえみのがさなければ。
しっかりとした自分と、元気な体があればなんでもできる。
そうかんがえながら僕のフリーター生活はつづく・・・。
最高な自分を探しながら。
















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