「辞めたい」と口にした時点であなたは「辞める」べきだ

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Speak no evil...

前に友人と話していたときに将来についての話をした。友人も僕も今年35歳になるので、噂の「プログラマ35歳定年説」の時期を迎えようとしているからかもしれない。僕はその時、友人にこんな話をした。「辞めたいとか辞めると言ってしまったなら辞めなければならない」という話だ。

「チェーホフの銃」と「千と千尋の神隠し」

どこで知ったのかは忘れてしまったが、チェーホフの銃という文学の技法がある。それはとてもシンプルな技で、以下のようなものだ。

もし、物語に拳銃が登場するならば、その拳銃は発泡されるべきだ 。

また、樺沢紫苑さんという方が書いている「映画『千と千尋の神隠し』における言霊文化とアニミズム」というノートにはこんな言葉が書かれている。

この世界では、「名前」や「言葉」が特別な「力(パワー)」を持っている。

僕がこの2つのことから考えたのは、目には見えないものが力を持っているのではないかという仮説だ。小説家が書いた拳銃や、映画の主人公達が交わす言葉には意味がある。

では、現実世界ではどうだろう?

辞めたがってる人たち

何気なくTwetterを調べてみると「辞めてやる」と書かれたつぶやきが30日間で169件見つかった(これを書いている時)。ざっくり計算すると1日あたり5回「辞めたい」とつぶやかれることになる。

また、最近では会社を辞めたことをブログに書いたりするのが普通になってきたし、新社会人やおじさんが居酒屋で「辞めてやる」と管を巻いていたりすることなんて昔からよくある風景だろう。

こういうのを聞いていて思ったのが、現実社会での「言葉」がとても軽くなっているという点だ。

たとえば、リーダーやマネージャーといった職業をしていると、冗談でも「辞めてやる」なんて言えない。その言葉がメンバーに与える影響を考えると全く言う価値がない気がするからだ。自分だってそんな人のところで働きたくない。

また、「俺の意見が通らなければこんな会社辞めてやる」も無責任だ。そんなことで辞める人間のアイデアを誰が採用するのか。そして、経験上、こういう言葉を簡単に使う人は、遅かれ早かれ大抵辞めていく。

見ざる、言わざる、聞かざる

いろいろ経験をしていくうちに、「辞めたいとか辞めると言ってしまったなら辞めなければならない」気がするようになってきた。「見ざる言わざる聞かざる」じゃないけど、自分にとって都合の悪いことや相手の欠点を、つい見たり聞いたり言ったりしてしまうものだが、もしかしたら、それを言うことでその言葉自体が意味を持ってしまうかもしれない。

だから、自分は「辞めると言わない」ポリシーを持とうと思った。

最後に、こんな話をした後に僕は友人にこう言った。

僕は「〜すべき」とかいう言葉があまり好きではないけれど、もし「辞める」という言葉を話そうと思うのであれば、本当に信頼できる友人とかだけに話したほうがいい。なぜなら、チェーホフの銃のようにその言葉を発したことが、辞めるという結果につながっていくかもしれないから。

きっと言葉には意味がある。