その仕事は「機械との競争」に勝てるのか?

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機械との競争」を読んだ。エンジニアになって業務アプリを作っていたときにあった漠然とした不安が言葉になっていた気がする。当時の先輩にこんな質問をしたのだ。

どんどん業務をシステムで効率化したら、今その作業している人の仕事なくなりますよね?そしたら、僕らの仕事もいつかなくなりますよね?

この本には未来の話ではなくて、今の話が書かれている。

漠然とした不安

当時は、自分のやっていることの意義はふんわり感じていても、その先に何が残るのかがよくわかっていなかった気がする。常に改善すべき点はあるだろうが、その内容は技術革新によってどんどん変化していく。

自分が作ったシステムも、すごくすごく便利なものだとしたら、運用に入ればそれほどすることがなくなってしまう。そうなると、どうやって自分を高めていくのだろう?そんな不安だったのだろう。

仮に、自分が年をとって、機械に置き変わる仕事しかしてなかったらどうなるか?きっと、年功序列で収入が増えても、クビになった時にその給料が首を絞めるだろう。「高い給与を保証してほしい」というのがそもそも年功序列文化から逃げきれてないということか。

この本には、不安がいっぱいだ。

チェス盤を発明した男の話

機械との競争は昔からあった。産業革命然り。蒸気から電気へのエネルギー変換然り。ただ、この本にも書かれているように、現在のITによる革命は、スピードが早すぎて人間がついてこれていないとこの本は説明する。

いずれは高度なソフトウェア技術によって、文明は労働者がほとんどいない世界に近づいていくだろう。今日、経済のあらゆる部門は技術による置き換えに直面しており、数百万単位の労働者が不要になっている。

新しい雇用を生み出す前に、コンピュータがこのまま進化を続けたら、機械との競争に勝つことはまず不可能だと論じている。

この凄まじい変化のメタファが、チェス盤を発明した男の話だ。王様にチェス盤を贈ったところ王様は大喜び。ご褒美を聞くと男はこう答えた。

チェス盤の最初のマス目に一粒、二番目のマスに二粒、三番目に四粒・・・という具合に、前のマス目の倍の米を置いていき、その合計を賜りたい

結果、三十二マス目であるチェス盤の半分のところで40億粒となる。この数で大きな競技場ぐらいの米になるらしい。これぐらいなら王様もがんばれるが、ここから先はさらに倍々となり、指数関数的な増加遂げる。

チェス盤の半分を超えた所で、王様は「なんか変だ」と気がつくだろう。

機械にできない仕事

現在は、チェス盤の後半に差し掛かるぐらいに位置しているらしい。男と王様の物語のようなことが起きるかもしれない。そんな中でも、生き残る仕事はあるのか。

例えば、プログラマやマネージャーといった、単調作業ではない労働は機械にしにくい。また、庭師や美容師、介護ヘルパーも機械化しにくい例として書かれている。つまり、創造的な仕事や、おもてなしマインドは機械にしにくいわけだ。

また、解説にでてきた例が面白い。機械との競争についてある管理職が言ったセリフだ。

IT革命で管理職が不必要になると簡単に言わないで欲しい。我々にとっては仕事を奪われたりしたら死活問題だ。

解説者の方は、内心こう考えたそうだ。

それは、貴方が、コンピュータに置き換えられる程度の仕事しかしていないからだ。

そして、この解説者がその後述べている「本当にコンピュータに負けるのか?」についての言葉がこうある。

仮にコンピュータによって人間が駆逐され、失業者が大量に発生するようなことになれば、必ず何らかの経済・社会的な制御装置が工夫されるはずだ。

制御装置を工夫したいのはわかるけど、これがイノベーションの阻害になる気がするのは僕だけだろうか。

機械との競争

まるでターミネーターのような話だが、著者はこの競争について、楽観的な考えを持っている。なぜなら、

経済の拡大をもたらした相次ぐ技術革新は、機械を的にしての競争ではなく、機械を味方につけた競争から生まれたということである。

という言葉が表すように、競争ではなく共存を考えればいいからだ。道具をうまく使う。これは昔から行われてきた手段だろう。

最後に、機械との競争に巻き込まれるかどうかは自分次第だ。王様のように「なんか変だ」と思っても、もう遅いかもしれない。