社会人10年目をなんとか乗り越えたからエールを贈る

感想おまちしてます!

与那国島

今年はどこの端っこまでいこうかな?

35歳になった。35歳といえばプログラマ定年説だ。とりあえずプログラム書いておこう。「echo “happy birthday 自分。産んでくれてありがとう。生きててよかった”」

そして、僕はちょっぴり遠回りして2003年に社会人になったので、ちょうど社会人10年が終わったことになる。今日は10年で学んだり、感じたり、考えたことを書いておこう。

先輩や上司は偉くなんてない

偉い人間なんて存在しない。先輩なんて先に生まれただけだし、上司が持っている権限は偉いからもっているわけではなく、役割として持っているだけだ。

先輩面や権限を感情や勘違いで振りかざすやつは大したことはない。どうせ、単純に年をとっているだけか、年をとったから役職を与えられたかだ。力をちゃんと使いこなせる奴は少ない。

偉さを売りにしている奴に気をつけろ。そんなことよりも尊敬できる人や信頼できる人を探したほうがいい。どうしてもそういう奴が必要ならば、力をちゃんと武器にできる人を仲間にしろ。

ポンコツで生きていくか選べ

Old Car

世の中にうまくあわせながら、まだしばらくは残っている「年を取れば給料が上がる」という仕組みを信じ生きていけばポンコツになれる。ろくに役にも立たないくせに、いい事言って気持ちよくなっている年寄りが大抵そうだ。

自分のことばかり考える奴や、正論やルールをふりかざして偉そうにしている奴も怪しい。ポンコツは老害だ。反面教師としては役に立つが、それ以外で役に立つことはない。

最近飲んだときに後輩がいいことを言っていた。「今のまま、人をうまいことやりながら働いても、改善はできるがイノベーションは起こせない」どちらの人生を選ぶかは自分次第だ。

敵は敵だ

どう考えても納得できないことをいう奴に出会ったらそれを敵とみなせばいい。そいつがそれなりに年をとっており、それなりの役職なんかを背負っている場合はやっかいだろう。

そういう奴に「お前もこう思わないか?」と聞かれたら、まず「そうは思わない」と伝えることだ。それで相手が嫌な顔をしても気にするな。自分の考えを無理に変えてまで賛成しても後悔するだけだ。

もし、そういう奴と意見がわかれてしまったら、自分の考えを信じて行動に移せ。きっと、敵よりも速く動けるだろうし、ピントがあっていれば成果も先に出る。そうすれば、敵は尻尾を巻いて逃げ出すか、「僕もそう思っていた」とか言い出すだろう。

評論家に騙されるな

なにかにつけて評論家を気取る奴がいる。そういう奴に出くわした時は、じっとそいつの話を聞いてみるといい。そこにリアルを感じないならば、人から聞いた話や、本で読んだ話をしているだけだ。

そういった奴の意見には重みがない。なぜなら、教科書を読んでるのと同じだからだ。きっと役に立たない。

自分で見たものを信じ、自分が経験したことを話せるようになれ。

やられたら倍で返せ

Billiard

昔、ビリヤードをにはまっていた時によく先輩から言われた言葉だ。やられたら倍にして返せ。それができないなら、そこまでの才能しかないとあきらめろ。

自分に自信をもつのはいい。ただ、それがハッタリばかりなら、きっと信頼を得ることはできない。矛盾した言い方をするなら、自信を持ちながら自分を疑うのだ。

なんどやっても失敗したり、なかなかうまくいかないことが多いだろう。そんなときは、自分は大した人間ではないと認めよう。大したことない奴のほうが世の中多いのだ。それを気にするぐらいなら、失敗をふりかえってもっと別のチャレンジを続けたほうがいい。

会社が嫌なら辞めるか変えろ

自分の会社のことを悪く言ったり、会社を辞めてからも前の会社の悪口をいう奴にかかわるな。ひどいときは、前の会社の同僚に悪態をつく無神経なバカもいる。

前にも書いたが、そういう奴は辞めるために働いていたのだ。気にする必要はない。きっと、「会社はわかってくれない」とか自分を正当化するのがオチだ。

まずは、自分の背丈を理解しろ。そして背伸びをするな。背伸びをしても疲れるだけだ。訓練を続ければいつか飛び越えることができる壁も多くなるだろう。

大きなお世話を気にするな

Facebook button count is wrong, use RealShare

今の時代、なんでもないことをTwitterで世界に発信することができるわけだ。そういう発信があふれているのにもう気がついているだろう。「〜すべきだ」「RTしてください」「そんなの意味ない」・・・

ソーシャルと書けば聞こえはいいが、ソーシャルな余計なお世話があふれている。あまりにもひどい場合は「うるさい」と相手に伝えたほうがいい。他人の目を気にしすぎるのは体に悪い。いいことをしていると勘違いしている奴ほどやっかいなものはない。

だが、1つだけ覚えておいたほうがいいことがある。ありきたりだがiPhoneを開発した人は、とんでもない余計なお世話を考え、貫き、成功させた。余計なお世話には、いいものもあれば悪いものもあり、時間が経てば意味が変わるということだろう。

人と向き合い真摯に話せ

「さっき言ったじゃないか」「何を言ってるかわからない」「共感できない」「意味があるのか?」「時間のムダだ」・・・わからない奴だなと相手をあきらめるな。それは自分すらあきらめたことになる。

自分の頭のなかにあるものを整理し、伝えることは難しいのだ。わかっているつもりでもすぐ忘れてしまう。そして、自分の理解するスピードと、相手のスピードもまた違う。自分に合わせて考えるのは誰にでもできる。しかし、それは相手への思いやりや配慮にかけるんじゃないか?

「周りが悪い」と考えるならそれでもいい。そういう場合も確かにあるだろう。だったら周りなど気にせず1人で生きていけばいいのだ。そのほうが「効率がいい」だろう?自分を伝えるのはとても難しい。でもやりがいのある可能性だ。

現実を知れ

歳をとったせいか、最近は若いエンジニアや学生と話す機会が多い。そんな若者を見ていて、余計なお世話だろうと思うが、今回書いたような自分が経験して考えたことをよく話すようになった。「ねぇ、君はどう思う?」って。

受け入れられるものもあれば、拒絶されるものもある。だが、正しいことを言うつもりではないからしかたがない。世の中にある本質とはかけはなれているかもしれないが、自分がそう感じたのだから、それはそれで間違いがないはずだ。

現実から開放されれば、自由になれる。どこまでも歩いていけるのだ。どこに向かって歩いていくかだって?その選択は目の前にあるじゃないか。