『光圀伝』から感じた生命の息吹、生きた証、生きる意味

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「大義をまっとうしろ」
読講斎の両目が、光國の返事も待たずに閉じられた。光國は枕元でゆっくりと頭を垂れた。
「貴様に出会えたことに感謝する」

久しぶりに重厚感ただよう本を一気に読んでしまい疲れた。本の中に登場する光國は、生命のうずを巻き込みながら激しく生きていく。

この本を読んでいると、生命力あふれた光國が、茶碗を握りつぶしたり、畳を踏み壊したり、ムッキムキなところがこれまでの「黄門様」のイメージを覆して面白い。そして、負けじと父親の頼房もムッキムキであり、尾張徳川、紀伊徳川といったいわゆる御三家全体がムッキムキである。これは、幕府からしてみればたまったものじゃない。

戦乱の世を経て、世は泰平の時代へ。

明治維新まで大きな戦争もなく、武士の価値観に変化が必要になる時代だ。光國はあきらかに時代を間違えて生まれてきた人間でありながら、「詩で天下を取る」という文士としての才能も開花させる。義に生きようとする彼の姿は、読んでいるだけで清々しい。

しかし、冒険活劇ではなく、この物語には無常が隠れていて、それらがなんともいえず愛しくなってくるのだ。

文中には「身命を賭して」という言葉が何回か出てくる。現代風に訳すなら「命をかけて」とでもなるのだろうか。しかし、人間の命はとても短い。病に倒れるもの、天寿をまっとうする者。光國は彼らが去っていくのを見守ることしかできない。

何回もの挫折を味わい、何回もの歓喜を経て。光國は大日本史の編纂を通して、過去の人間の生命を感じ取り、こう思うのだ。

「私は生きている」と。

久しぶりに一気読みした光圀伝。彼の熱き生き様にふれることができて本当に良かった。ありがとう。