高橋克彦の「火怨」から未来を創造することを学ぶ

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時代は平安。
朝廷からの支配に苦しむ蝦夷の民たち。
アテルイは仲間と共に、朝廷と戦うことを決意する。

蝦夷(えみし)の人々は、当時「人」ではなく、「獣」として都の人に恐れられていた。しかし、その現状を憂う若者アテルイは、仲間を集め、蝦夷を一つに纏め上げ、朝廷に抵抗を始める。長い長い戦いがはじまり、アテルイは戦に勝ち続けるが、その前に智将坂上田村麿が立ちはだかる。

アテルイは20年もの間、蝦夷の為に戦うが、朝廷を追いやっても、追いやっても、すぐに兵を増やしてやってくる朝廷の執拗さから、戦いで貧しくなっていく蝦夷の民を案じ、奇策をもって田村麻呂に挑むが・・・。

平安時代であり、あまり歴史の舞台に現れない北日本が舞台だったのだが、深い歴史の端っこを知ることができたと思う。

昔、坂上田村麿という名前を歴史の授業で聞いたことがある。しかし、ほんのちょっと「蝦夷を征伐した」ぐらいしか書かれていなかった。そのちょっとの文章の中には、この小説に出てくるような人物たちのドラマがあり、必死に平和を求めようとした蝦夷の人々の物語があったのだろう。

英雄としてあつかわれるアテルイは、戦っても戦っても終わらない戦争に苦悩する。よい仲間にめぐり合ったとしても、それは永遠の出来事にはならない。なぜなら、いずれ死という別れが平等に訪れる。

「今後20年の平和を考えたときに一体何が出来るか?」

壮年となったアテルイは必死に答えを探そうとする。よき指導者は、目の前の出来事ではなく、少し先の未来を考え、形にしようとする。

僕は、この小説がどう終わるのかが気になっていたのだが、決して気持ちのよい終わり方ではなかった。「火怨」というタイトルが表すように、戦いが生み出す怨恨の連鎖は決して止まらない。

アテルイは言う。「子供たちの未来は子供たちが決めるべきだ」と。

アテルイはきっとまぶしすぎたのだと思う。まぶしすぎる光は、反対に濃い闇をも生み出す。