新史太閤記 – 司馬遼太郎さんを読んで秀吉を見直した

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久々に本の話。

この夏は司馬遼太郎さん特集ということで、太閤記、関ヶ原、城塞、坂の上の雲と読んでいく予定なのですが、まず新史太閤記を読み終えました。すげーおもしろくて、最後にはハッとさせられる小説でした。

秀吉といえば、織田信長が目立つ人間なので、サブなイメージもありますが、この新史太閤記を読むとがらりと印象が変わります。

あの信長でも、当時60州以上あった日本の3分の1しかまとめることができず、未開の関東や中国地方の毛利、東北の伊達を抑えることができていません。それを武士ではなく、商人が1つにした。

宣教師たちが、「秀吉すげー」とヨーロッパに報告するほど、秀吉は真の天下人だったのでしょう。

秀吉は、常に天下を意識し、倒した相手を自分の部下にしていきます。いつ反逆されるかわからないのに(結局、関ヶ原ではそうなってしまうのですが)、秀吉の人柄によって、「この人になら」と相手に思わせ、人心を掌握する。このころから武力で制圧する考え方ではなく、「自分と戦うと損をする」ことを利用して相手を承服していくスタイルになってきたように思えます。

そして、家康という最強のライバルをもまきこみ、自分の部下にしてしまいます。のちに、上杉謙信の地を訪れ、「所詮、田舎侍」と一蹴するように、実践に強い謙信や信玄よりも、情報戦や組織戦で戦う前に勝ちを見つけるという、今日でもありえる戦術によって天下を取った、秀吉は偉大です。

人の器として、信長、家康より勝り、後年はおかしくなりますが、人々から「太閤さん」と今も慕われる秀吉に、とても魅力を感じました。最後に、秀吉は以下のような辞世の句を詠んでいます。

露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢

農民の子として生まれ、ついには天下を取った秀吉は、大阪城天守閣からの関西全域を全貌できる眺めを見て、自分成功を実感したのでしょうか。私は、この句を知って、信長と同じく、大きく花開き、潔く散って行った天下人の哀憐を感じました。