ゴールデンスランバー – 伊坂幸太郎

感想おまちしてます!

偉い奴の作った、大きな理不尽なものに襲われたら、まあ、唯一俺たちにできるのは、逃げることくらいだな

こんな時間にブログを書くのは久しぶりだ。それが理由だとは言えないが、「ゴールデンスランバー」を読み終え、その結末に興奮している。首相暗殺の犯人に仕立てられ、仙台市内を逃げ惑う男。果たして、彼は逃げ切ることができるのか?

ゴールデンスランバー。もう逃げるしかない本だ。

伊坂さんの集大成と呼ばれる「ゴールデンスランバー」。僕は、「著者の処女作が本人を一番表している」という意見に賛成なのだが、まさに集大成を感じるほどの構成力、文章力だった。

はじめは、「あれ?これって伊坂さんの本?」というような印象だったが、あっという間に半分読み、最後まで読み・・・と、読むにつれて伊坂さんの小粋でロックな文章に魅了される。これは逃亡を描いた話だ。首相制である架空の日本。ケネディー暗殺に似た事件が発生する。警察、マスコミ、友人までが信じられなくなり、犯人とされた男は逃げ惑う。やがて、彼を知る人間たちが、彼を中心とした物語にまきこまれ、集まって行くのだが。

映画「逃亡者」のように、犯人として逃げるというエンターテイメント性でありながら、映画のようにうまくいかない現実を的確に捉え、社会を皮肉る部分がたまらない。ただ、僕にはただの逃亡劇には感じられなかった。
この本はきっと、思い出にとらわれ生きていく人間を語っているように感じる。

夏の花火。僕は、花火を見上げるのも好きだが、花火を見上げる人を見るのも好きだ。一つのことに周りの誰もが共感する姿というのは、とても感動的だからだ。

卒業式。夏の花火は卒業式のにおいがする。寂しさが「また連絡する」という根拠のない約束を促し、「そうだよな」といった根拠のないやりとり。もう二度と会うことがないかもしれない友達との別れは、別れになれていない世代にとっては、たまらなく寂しいものだった。そして、別々の道を選らび、それぞれが共有した時間を解釈して、今という日々を死ぬまで歩き続けていく。僕は、その寂しさを何とかしたいと思ってしまう。だから、「またいつかどこかであえるといいな」と期待してしまう。

その期待が「ゴールデンスランバー」には、すばらしくまっすぐに描かれているような気がした。

誰もが感じる黄金のまどろみの中で、離れ離れになった魂をつむぎあわせ、一つの形として表現できたとしたならば。きっと自分は一人じゃないと、よくある慰めにもならない言葉が浮かんでくるはず。

なんだか、古い友達に会いたくなってきた。