ザ・ワールド・イズ・マイン – この世界は僕のもの

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後輩と京急電車にのって一緒に帰った。次の日(土曜日)は月に一度の会社の集まりがあったのだが、僕は行かないので「行かない人はいいですね」みたいなことを言われたので、「行きたくなきゃ行かなきゃいいじゃん」みたいなやりとりとなった。

これは毎度のことで、この後輩は多分、僕みたいに「やだ」という人間が嫌いなのだろうと思う。社会人はおとなしく社会に従えよと。僕はこれでも会社については考えているので、「じゃー色々考えて僕は行かないと決めたんだけど、それのどこが一番悪いか教えてくれない?」と聞いてみた。

彼は意見を言うのをためらったので、「俺はそういうのきらいだから遠慮なく言って」と促す。すると彼はこんなたとえ話をした。

法律というものがあって、それを守らなくてはなりません。藤原さんは法律に従いたくなくて、それを守りません。藤原さんは法律がいやなら、その法律を変えるために何かをしなくてはなりません。でも、何かしたところできっと変わらないでしょう。

ちょっと極論かもしれないが、とても上手なたとえ話だと思う。矛盾点が明らかになっているところが素晴らしい。僕は、この後輩のこんなところが結構好きだったりする。

「確かに僕は、自分の信念で法律を破るだろう」と思った。その後、「世界って誰のものなのなんだろうね」みたいなことを僕は話した。「こういった矛盾がなくなればいいのにね」とも。前に確か、まっすーと飲んだときにこんなことを言ったな。「僕は世界は俺のものだ」って思うよ。

「ザ・ワールド・イズ・マイン」

神聖喜劇と共に読みたかったマンガだ。「よつばと」を探しにBOOKOFFに行ったらたまたま見つかった。読みにくいマンガだが、なんか・・・簡単な言葉しか出ないけど、とてもわかった。

理不尽な暴力で、次々に意味もなく殺人を犯す2人組み。世の中から見れば「おかしい側」になるのだけれど、いったい誰が「おかしい」と「おかしくない」の線を引いたのか。良心?道徳?正義?

辞書で調べたことがある言葉だけど、文字の持つ意味は、僕の求める意味とちょっと違うと感じた。僕にも暴力的な考えは浮かぶ。残酷な妄想だってする。相手が死ぬことや、自分が死ぬことを考える。

「人を殺してはなりません」というあたりまえぽいことが、あたりまえなのかがわからなくなる。言葉で表現すると「ダメ」という結論になることはわかっていても。
その点、この「ザ・ワールド・イズ・マイン」はわかりやすい。

とりあえず自分のしたいことをするのだ。意味などは考えずに、なんかこう、そのまま。2巻まで読んだが、ここから先、彼らが見る世界を見届けたくなった。

世界は誰のものなのだろう?僕は、生まれて気がつけば「死」というものが決まっている人間にとって、自分を尊重し、自分以外を尊重するとすれば、
世界はきっと、それぞれの「自分」のものだと思う。