夜は短し歩けよ乙女 – 森見登美彦

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夜は短し歩けよ乙女
こんな夜中に何をしている。本を読んでいた。夏の世にふさわしく、とんでもなく興奮する本を見つけたからだ。
夜は短し歩けよ乙女。
気になっていた「黒髪の乙女」に声をかけようと、夜の京都から物語りは始まる。乙女は「おともだちパンチ」をたずさえ、美しく調和のある人生を目指してひたすら歩いていく。
最期の最期に恋愛小説だとわかった。とてもキュートでポップな物語。めまぐるしく人々が駆け巡り、彼女を中心として回転。その回転の速さに圧倒され、次第に引かれ、月曜日の午前3時にこうやって日記を書いてしまうぐらい、すんばらしい作品。こんな小説読んだことない。久しぶりに本棚に本が増える。
「夜は短し歩けよ乙女」を読んで、久しぶりに登場人物に恋をした。大切にしていた絵本を探したり、公園のすみっこで劇を演じたり、緋鯉のでっかい人形を背負い、首からだるまの首飾りをかける「黒髪の乙女」。読んだ人を夢中にする何かを持っている。
最近、恋とか愛について考える。人とか過去とかそういうものも含めて。「好きということがわからなくなる」という言葉を聴いて、そういえばどういうものかははっきりしないと改めて思った。恋は風邪みたいなものですから、なんて。
「夜は短し歩けよ乙女」を読み終え、興奮してこうやって日記を書いていく中で、「好き」ということがどういうものかを思い出した気がする。この答えは、自分が人を好きになったときに、共通してある思いだ。それは、
「僕のことを知ってもらいたい。そして、君の事を知りたい」
こんな単純なことを思い出せなかったなんて。今度、答えの候補として伝えてみよう。そして、最期にこう言おうかな。
「夜は短し歩けよ乙女!」
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角川 夜は短し歩けよ乙女