雇用破壊 – 週刊東洋経済より

感想おまちしてます!

週刊東洋経済の「雇用破綻 もう安住の職場はどこにもない」を読んだ。
今度の国会で出されそうな(1月の国会ででるらしいけど)法案「ホワイトカラーエグゼンプション」についての話題だ。簡単に言うと
・時間ではなく成果でお金を払います
・残業代がでません
というもので、残業なんて意味がないと思っている藤原としては、「ええじゃないか」という内容だと思っている。上の例ではちょっとなので、興味のある人は詳しく見たほうがいい。
参考:ホワイトカラーエグゼンプション Wikipedia
しかし、こういった影響の大きい法案というものは、何かと問題が多いのも事実。この制度だと企業が雇用者の健康管理がなくなったり、残念ながら残業してしまってもお金を払ってくれない。過労で倒れても、労災の認定が難しくなったりもする。
よい点としては、時間に縛られずに仕事ができること。早く終わったら帰れるようになる。上に書いたように企業の管理が軽減されて人件費が浮く。でも、やっぱり企業から見た利点のほうが多く感じてしまう。
以前、「正直者と怠け者」という記事を書いたのだけど、真面目に働いても怠け者のほうが儲かるのが、今の日本の土台みたいなものだと思っている。そうでない会社もあるにはあるだろうけど、そうでない会社のほうがあきらかに多い気がする。
もうすぐドラえもんが誕生するというのに、決して平等な社会などではない。本当にやれやれだ。


風土とはいったものの、僕からしてみれば本当にめんどくさい。非効率だ。自分の仕事が終わったらすぐ帰れるわけでもないし、休みが気持ちよく取れるわけでもない。
僕は、そういうところがとてもいやなので、負けまいと休暇は1週間以上申請するし、仕事が終わったらすぐ帰るようにしている。しかし、そういう仕事生活をしている人に出会うことはあまりないし、大半の人間はそれができなかったり、しなかったりするものだ。
僕でもそれができないときもある。
それは、社会風土を守る人間が多いのが一つの原因だ。僕の嫌いな風土とはいえ、現在の社会は多数派の意見が尊重される。それが世界だと思っている。なので、僕個人が「嫌い」と思っていても、それに合わせないと帳尻があわなくなってしまう。
僕はこれが好きではないのだけれど、相手を認めないことにははじまらない部分もあることを知っている。合わせたほうがうまくいくことが多いのは事実なのだ。
「ホワイトカラーエグゼンプション」のような議論が、広く社会でなされるのは大いに結構なことだと思う。民主主義なのだから、「どっちか一つ」を確実に決めるのではなくて、「互いを尊重してこれからの方向性」を決めることができればいいと思う。
でも、今年1月の国会で法案が提出されるとすれば、それは時期尚早だと思う。早すぎる。
なぜなら、風土が一向に変化することがないのに、法案で決めてしまったらどうなるか?国が最上位だとすると、国>会社>社員の順番に変化していき、結局のところ、末端の人間が最期にその影響を受けてしまう。だとすると、「残業代は法律で禁止?」>「じゃうちの会社も出しませーん」>「ええー!こんなにがんばっているのに」となってしまう気がする。
「風土の変化」と書いたが、これは日本で働く一般社員が作り出すもので、その土壌で「おー休暇とるんだ、いいねー」といった感じにならないと、年貢を吊り上げる悪代官と同じだろう。
そのためには、企業がまず努力すべきじゃないだろうか。サービス残業で働いている人間なんて、僕のまわりにざらにいるんだから、その風土が変わるように企業努力する案を考える。そこではじめて社員は会社を理解し、その理念にしたがって会社と同じ方向を見つめて働き、モチベーションも上がれば売り上げも上がる。
というふうにならないんだろうな。
今回の記事はとても面白かったんだけど、「改革は何をもたらすのか」というところで、使用者側としてインタビューに答えていた、ザ・アール代表取締役奥谷禮子さんの言葉にとても違和感を感じた。不思議なことに、彼女が言っていることは僕の意見にとても似ているのにかかわらずだ。

もちろん経営者側も、代休は取らせるのが当然という風土に変えなければいけない。うちの会社はやっています。だから、こんなくだらないことをいちいち議論しなければいけないのかと思っているわけです。(週刊東洋経済インタビュー記事より)

本当にごもっとものことだと思うのになんでだろう?と考えてみたのだけれど、こういう法案を議論する人が、自分の会社をものさしに発言してはいけない気がする。有識者としては視野が狭すぎるのではないだろうか。自分の会社は社会ではなく、社会の一部なのだから。
「過労死は自己管理の問題」とも書いてあったが、残念なことに「完全な弱肉強食」というのは、人類の求める未来とは違う気もする。僕は飲酒運転なんて明らかに過失なんだから、極刑でもおかしくないと思うのだけれど、これから先、よほどこのことがなければそうはならないだろう。それと同じで、弱者は助けなければならないし、更正への道も残さなければならない。助けたいと思うのも人間というものだろう。
でも、奥谷禮子さんのような意見も重要だと思う。なぜなら、楽したいと思う人間のほうが、苦労してでも・・・と思う人間よりも多いだろうから、郵政民営化みたいに少数派意見がつぶされる世界では、貴重な意見だとも思えるからだ。
それに、結構正しいと思う。彼女の会社のような会社が、あたりまえの世の中になるまで、今回のような発言を続けていただければいいのだけれど、少し早かったのかと思ってしまうのが残念でならない。かといっても、そう簡単に変わる世の中でもない。
このビッグバンをぶつけるのはいいのだけれど、念には念を入れきちんとしたセーフティーネットを用意して欲しいと思う。
それにしても、ウン十年に一回更新される法律に関しては、もっと柔軟にできんものかいな。