西の魔女が死んだ – 梨木香歩

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西の魔女が死んだ

うれしくて、うれしくて、ここにうずくまって泣きました。

西の魔女が死んだ。2年前、まいは中学校になじめず、おばあちゃんのところでしばらくの間生活することになった。そして、そのときにおばあちゃんは自分の家系は魔女の血が流れており、まいにもその力があることを告げる。まいは魔女の修行を受けることを決意し、魔女修行で大切となる「何事も自分で決めること」を学ぶ。そして現在。西の魔女が死んだことを知り、まいは2年前から続いているある思いを胸に、母と二人で祖母の家に向かうのだった。
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読み終わった後の爽快感は例えようがないものでした。読み始めてから読み終わるまで、この本の一言一言がとても心に染み込みました。児童文学のような純文学のような文体や、色とりどりの風景。やさしい言葉や鋭い言葉。まるではじめて「星の王子さま」を読んだときのような気分です。

「わたしは・・・真相が究明できたときに初めて、この疑惑や憎悪から解放されると思うわ」
「そうでしょうか。私はまた新しい恨みや憎しみに支配されるだけだと思いますけれど」
おばあちゃんはまいの手を優しくなでた。
「そういうエネルギーの動きは、ひどく人を疲れされると思いませんか?」

傷ついた子供(大人でも同じだと思いますが)と、真っ向から向き合うことは難しいことだと思います。「西の魔女」とよばれるおばあちゃんは、完璧な秩序と信念を持っているため、まいにとってとても大きな存在です。時に大きく包み込まれ、時にはじかれたりします。
ふとしたことをきっかけに、まいはおばあちゃんの人間らしさ(人の弱さともいえるのかもしれない)を感じます。これは、まいのような傷ついた人間から見れば、その人に近づく入り口になるような気がします。そして、完璧な人間など存在せず、誰もが同じ人間という事実になります。まいはおばあちゃんに勇気を持って伝えようとします。
しかし、そうとわかっていてもうまく表現できない人もいます。まいのおかあさんは、まさにそういう人間だと思います。誰かの信念と誰かの信念。同じでなければまじりあうことはとても難しい。でも、おかあさんは泣くのです。西の魔女が死んで泣くのです。
対等に人と話すことによって、その人を認めることにつながります。誰もが「認められたい」と思うのは当たり前のことですが、それがうまくいくときよりも、うまくいかないほうが多いのが事実です。実際に、まいとおばあちゃんの関係も、全てうまくいったわけではなかった。
月日は人を変えるといいますが、2年前の別れから、まいとおばあちゃんは別々に思い悩んだのかもしれません。逆に信じた部分もあるでしょう。私は「西の魔女が死んだ」の最後の行を読んだときに思いました。なんておばあちゃんは前向きに生きて、前向きに死んだのだろうと。おばあちゃんの思いは、誰かのためになり、誰かへと届きます。
そして、誰かを愛でつつみ、誰かは成長し、誰かは生きていきます。

コメント

  1. 「西の魔女が死んだ」に学ぶ

    「西の魔女が死んだ」(梨木香歩)は、いろんな人が推薦していた本。何で前から気にはなっていた。そして今日やっと詠むことができた。   これを今読むことは意味…