16歳の合衆国 – THE UNITED STATES OF LEALAND

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16歳の合衆国

世界は哀しみにあふれている—

16歳の合衆国 – 原題:THE UNITED STATES OF LEALAND
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リーランドは恋人の弟である障害者のライアンを殺害する。16歳の殺人ということで周囲を震撼させる。矯正施設の教員であるパールは、少年たちと雰囲気の違うリーランドに興味を持ち、彼を題材に小説を書こうとする。徐々にうちとけるパールとリーランド。やがてリーランドは自分の感情を話し始めるが・・・。
世界の受け止め方は2つある。「EVERYTHING IS GONNA BE OK(大丈夫、全然問題ない)」と考える方法と「現実を直視」する方法だ。この映画では後者、つまり現実を直視する場合について多く描かれていた。
月の裏側
現実を直視すると本当に暗い気分になる。まさに、「哀しみにみちている」と感じるからだ。大人とよばれる未成熟な人間は、すでにあきらめることで安定しようとしているように考えることもできる。「常識の範囲」とか「大人の都合のいい都合」なんかによって、大きな意思と一つになることによって安心するのだろう。これは恩田陸さんの「月の裏側」を読んでそんなことを考えた。
マイノリティは全然保護されない。そんなものだ。
逆に少年は不安定であるため、まれに大人には理解できない行為に及ぶことがある。とても暴力的な内容であったり、異常な行動であったり。ただ、この「16歳の合衆国」を見て思ったのは、少年・少女の場合には、世の中を支配する大きな意思に動じない部分がある。スポイルされていないからだろうか?
少年たちにはまだ「あきらめたくない」という意思があるように思える。
まだ、それが救いかもしれない。