号泣する準備はできていた – 江國香織

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号泣する準備はできていた - 江國香織
「なんでなんだろう?」
と彼女は言った。僕からしてみればつぶやいたぐらいにしか聞こえない音量で。その後、彼女が号泣することをまだ誰も知らない。


彼女のバイト先は喫茶店で、働き出して数ヶ月が経っていた。
バイト先の店長は性格のきつい女性らしく、情緒不安定なところがあるのか、人にきつく当たるときと恐ろしく優しいときがあるようだった。そこで彼女は運悪く(本当に運割るくだ)店長の無神経な気晴らしにつかまってしまった。
何度も何度も執拗にいびる。よくもまぁそこまでいうことがあるなと感心できるぐらい、執拗に、我慢強く。彼女はそれがあってからふさぎこんでしまい。こうして僕に話してくれていた。
あそこまでいわなくていいのに。なんであんなことを平気で言えるの。なんで?なんで?
そういう彼女に向かって何を言えばいいのだろう。言葉なんて無意味だった。「そんな奴たくさんいる」とわかってはいても、人にそれを言うことは難しい。この言葉は明確な答えではなく、やさしくもない言葉だ。言葉がないときもあるのだ。
どうしようもない僕は、彼女の手を握ったり、頭をなでたりしただけだった。意味もなく「大丈夫だよ」なんていったりして。彼女はそして号泣した。誰の目にも明らかにわかるはっきりとした涙だった。僕は黙って彼女の鳴き声を聞いていた。
*
彼女と同じことが僕にもあった。なんであんな奴が生きているのだろう?なんであんなやつのために我慢しなければならないのだろう?友人にそれを話したときに、なぜだか涙がボロボロでてきた。フラッシュバック。彼女とまったく同じだ。
江國香織さんの「号泣する準備はできていた」を読んで、そんな出来事を思い出した。この物語とは少し違うかもしれないけれど、彼女も僕も号泣する準備はできていたのだろう。わかりきったことに対して、すでにもう答えはでていた。ただ素直に受け止めることができなくて、人に話したりして準備をしていたのだろう。
「しかたない」とわかっていても、どうしようもないことがある。人間をやっているとそういうものがとても難しい。例え号泣する準備ができていたとしても、それに気が付かずに涙を流すように、決して気が付かないふりをするのだろう。