火の鳥 太陽編

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火の鳥 (10)
輪廻転生。
物語は663年。白村江の戦からはじまる。
白村江で滅亡した百済の生き残りの少年ハリマは、戦争に勝利した唐の兵士によって、狼の皮を顔にかぶせられてしまう。なんとか生き残り倭の国へ渡ったハリマは、「犬神」と名乗り生活を始める。
一方、遠い未来。
火の鳥をあがめる「光」と名乗る宗教組織が世界を支配し、従わないものには「影」のレッテルを貼り付けて迫害を行っていた。「影」の組織シャドーの一員であるスグルは、神を名乗る「光」を倒すために、火の鳥の奪おうとするが・・・。
飛鳥時代を駆け抜ける犬神と、近未来のスグル。2人は互いにリンクし、物語は意外な方向へ収束していく。


倭の国では大化の改新で有名な中大兄皇子は自らを神と名乗っていた。そして、国をまとめるために仏教を広め、息子である大友皇子もその意思をついで行く。やがて犬神は天皇家の権力争いに巻き込まれていく。
そんな中、犬神は産土神などと呼ばれるその土地に祭られる神々と出会う。広まりつつある仏教に押される日本古来の神々の話を聞いていくうちに、犬神は仏教に対して疑問を持つようになるのだが、仏教に帰依しないということは、天皇に逆らうという意味を持つのだった。
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あまり考えることはないと思うが、寺と神社は違った意味を持っている。簡単に言うと「寺=仏様」で「神社=神様」となる。仏教は飛鳥時代あたりから盛んになり、政策者からみれば国をまとめる手段として広められたものになるだろう。国分寺のように各地に寺を作り、そこを中心に政治を行えば人々が反乱を起こしても攻め入るのに躊躇するからだ。思想をまとめるのに宗教がとても有効だった時代なのだろう。
これだと仏教が悪者のように思えるかもしれないが、現在の神社も政治的な背景があって、時代に生き残るために様々な方向転換をしている。
主人公犬神は日本古来の神々が消えていくのに抵抗を覚える。確かに、山には山の神様がいたり、天狗なども古来の神の使いとして祭られてきた。彼らはその土地の人間と共に生きづいており、宗教の自由というものがなかった時代のため、仏教の広まりと共に彼らの行き場がなくなってしまう。
そこに古代日本最大の事件である「壬申の乱」が起こる。即位して弘文天皇となった大友皇子大海人皇子(のちの天武天皇)の戦いだ。結局は権力の争いで、仏教と古来の神との戦いと同じく、「火の鳥 太陽編」の中ではどちらが悪いというものでもない無常な戦いとして描かれていた。火の鳥を歴史教科書にすれば、みんないろんなことを考えると思うんだけどなー。
僕は無宗教ではあるが神様を信じている。天気には天気の神様がいて、海には海の神様がいてもおかしくない。身近な神様の例として「妖怪」なども挙げられるが、そういったものがいるように思えるからだ。でもこれは信仰とかではなくて、火の鳥太陽編で狗族が語るように、共に生きているということなんだろうと思う。
都合のいいことかもしれないが、正月には神社に行くし、寺にいったらお参りもする。あまり深く信仰について考えたことがないからだろう。でも、本当に神様がいるのなら、どの宗教に属するかなんて気にせずに、救いを求める人間ならみんな平等に救うでしょ?
宗教のすれちがいによる争いが今もなお耐えないが、誰もが圧迫されないそんな世界になればいいなと思う。
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帝國電網省 歴史再考 真説・壬申の乱
日本の歴史年表版
お寺の歴史,お寺と神社