沈まぬ太陽 御巣鷹山編 – 山崎豊子

感想おまちしてます!

神様を信じているわけではないんだけど、
思わず何かに祈ってしまうこと。
沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下) - 山崎豊子
新しい労働組合が発足し、国民航空はかつての勢いを取り戻そうとするばかりだった。しかし、ついに恩地が恐れていたことが起きてしまう。国民航空の航空機が、次々と事故を起こし、たくさんの死傷者がでてしまう。そして、分裂工作によってわずかな人数となった国民航空労働組合は、決死の覚悟で東京都地方労働委員会(都労会)へ事態改善の申し立てを行い、不正差別が平然と行われる、国民航空の腐りきった構造をへと踏み切る。
恩地は都労会の審問会に参考人として招致され、久々の日本の大地を踏みしめていた。そして、彼は、ゆっくりと審問会へと足を踏み出していく。
・参考:日本航空の労務政策


沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 - 山崎豊子
1985年8月12日。夏真っ盛りの夕方18時ごろに、羽田発大阪着予定の、日航ジャンボ123便は操縦不能となり、19時少し前に、群馬県上野村の御巣鷹山(おすたかやま)・高天原山(たかまがはらやま)に墜落した。520人の死者を出した、航空史上最大の事故、日航ジャンボ機墜落事故である。
18時24分の爆発音から、18時56分の激突音までの、わずか30分あまりの時間が、とても長く、とても残酷に伝わってくる。
日航ジャンボ機墜落事故 ボイスレコーダー音声
ボイスレコーダの声
123便の軌跡とボイスレコーダーの音声を交えたフラッシュ
異常発生から記録終了まで、CVR全内容


迷走する国民航空。遺族との補償金交渉。遺族の慟哭。
520人が亡くなっても、巨大な会社は涙を流さない。
人が死んでるんだぞ?
シートベルトによって下半身、上半身が引き裂かれたり、前のシートに頭をぶつけ、頭部が砕けたり、飛行機と同じく粉々にされた人々。ばらばらになった愛する人を、探す遺族。1年を過ぎても発見される遺骨。
人がたくさん死んでいるのに。
忘れちゃいけないことってあると思うけど、同じようなことがJR西日本で起きている。経営効率を上げるために、削っちゃいけないことまで削り取る体質。絶対のない安全。絶対を目指す姿勢。
安全なんてどこにもない。
日航機墜落事故 新聞見出しに見る15年間の記録
2両目の衝撃「御巣鷹山」に匹敵