四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて

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カンガルー日和
今日は誕生日です。いつの間にか、27才になっていました。20才ぐらいまでは狙って年をとっていましたが、20代後半になると勝手に年をとるようですね。やさしいかたがいらっしゃれば、僕にプレゼントをください。今ほしいものは「幕府」と「グィネス・パルトロウ」です。
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「一目惚れ」という言葉もありますが、ちょっと違うのが「100パーセントの女の子」という言葉だと思います。想像になりますが、僕という人間の中に当てはめると、5年に一回ぐらいの間で、その100パーセントの女の子は出現するみたいです。
世の中には、きれいな人がたくさんいると思うので、誰もがそこで「一目惚れ」というものをしていたら大変です。もうカロリーが足りなくなること間違いなしだと思います。でも100パーセントの女の子との出会いは、そうそうあるものじゃありません。
つい最近、僕にとっての100パーセントの女の子に出会ったのですが、それ以来、胸がとてもどきどきします。夜になっても眠くならず、頭がボーっとしてしまいます。こういうのは誰もが経験したことのあるものだろうと思います。この数年に1度のドキドキは、とてもいいことだと思います。なかなかないことだからということもありますが、こういう気持ちはいつまでも大切にしておきたいものです。
しかし、胸はドキドキして夜も眠れないぐらい考えてしまうのに、その100パーセントの女の子の顔が思い出せません。確かに向き合って話をしたのですが、鮮明には思い出せないのです。よくよく考えてみると、両親の顔や友達の顔についても同じようなことがいえます。当人が目の前にいるときはぜんぜん意識しませんが、思い浮かべてみると思った以上に曖昧であることがわかります。
100パーセントの女の子の顔が浮かばなくても、100パーセントにまちがいないことはとてもわかります。僕を作っている細胞の一つ一つや、記憶の一つ一つまでが、100パーセントの女の子だということを認めているからです。世の中にはいろいろな言葉がありますが、なかなかこのイメージを表す言葉はそうありません。
彼女のオーラが抵抗なく入ってくる体感を、僕だけが知ることができます。それが「100パーセントの女の子」なのです。だから、彼女の顔をうまく思い出せないとしても、それほど問題でもないのです。「100パーセントの女の子」に出会うことができ、とてもラッキーだなと思います。しかし、「100パーセントの女の子」ほど、気づかない間に自分の目の前を通り過ぎてしまったりすることもあるだろうと思います。こればかりはなんとも言えませんね。
100パーセントの女の子を思い出してみます。しかし、なぜかとても悲しくなるのです。考えれば考えるほど、悲しいということに気がついてしまうのです。これは、いつか自分が死んでしまうことを考えてしまうのに似ている気がします。

コメント

  1. lieutenant+duck より:

    誕生日おめでとぉ。
    いい文章。素敵な27歳だね。

  2. だい より:

    ありがとー。大阪の女性が言うには「25才から年がマイナスになる」そうです。なので私は23歳?!