ねじまき鳥クロニクル 予言する鳥編 – 村上春樹

感想おまちしてます!

ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編

ウェイトレスはものすごく無愛想で、機嫌がわるかった。僕は無愛想で、機嫌が悪いウェイトレスにはかなり精通しているつもりだったが、それほどまでに無愛想で、機嫌が悪いウェイトレスを見たのは初めてだった。

さまざまな女性が出てくるが、加納クレタと笠原メイがとても好きになった。
加納クレタは、いきなり裸で隣で寝ていたり、いきなりソファーに座っていたり、彼女はとても変わっているのだが、とても自然にいるのがとても好きになった。

ねえねじまき鳥さん、梯子がなくなったことに気がついたかしら?

笠原メイは近所に住んでいる少女なのだが、家から路地裏を双眼鏡で眺めたり、井戸の下にいる「僕」が降りるときにつかった縄梯子をとったり、とても正直な女性だ。彼女の「ねえねじまき鳥さん」という呼びかけ方がとてもよかった。
ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編

彼は一見してテーブルの真ん中に置かれたステンレス・スティールのシュガーポットに向かって話しかけているように見えたが、彼が話しかけている相手はもちろんこの僕だった。彼は便宜的に、両者の中間に位置しているシュガーポットに向けて話しかけているのだ。

ねじまき鳥クロニクルの「僕」が、月を見て妻の生理を思い出すシーンがあった。
女性は月に支配(というと変なのだが)されている。これはとてもすごいことだ。昔付き合っていた女性が生理の重い(重いっていう表現をはじめてそこでしった)人で、バイト帰りに彼女の家によって、朝まで彼女の寝ているそばでずっと手を握っていたことがある。あの時はそういう痛みが全然わからなかったので、そうするぐらいしか僕にはできなかった。
僕は空を見るのが好きなので、見上げたときにふと月の形を確認してしまうことがある。それと女性の生理が一致する場合は、そういうのをいつまでも覚えてしまうのだ。
こういうのもトラウマというのだろうか。とりあえず困ってはいないのだが、女性と別れた後に思い出すと「今日はなにかの日の気がする」と気になってしまったりするのは、とても不思議な感じがする。
僕は全然人の顔も名前も覚えないし、バイクで走っていても信号をあまり見ないぐらい注意力がない。あまり気にしてもしかたがないだろうし、特に不便もないということはそれほど重要ではないということだと思っているからだ。しかし、彼女の誕生日を完全に忘れていたときに、正座して説教を長々としてもらい、反省会を開いてからというもの、僕の記憶領域には「誕生日は記憶しなければならない」とインプットされたらしい。一年に数回おとずれる記憶された誕生日ほど、僕を不安にさせるものはない。
恐らくこれはトラウマというやつなのかもしれない。キャー。