対岸の彼女 – 角田 光代

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対岸の彼女対岸の彼女 – 角田 光代 第132回直木賞受賞作品

なぜ私たちは年齢を重ねるのか。生活に逃げ込んでドアを閉めるためじゃない。また出会うためだ。

お世辞ではなくすんばらしくいい本だった。本当にすんばらしい。
日曜日はコーヒーでも淹れて、本でも読んで過ごそうと選んだ「対岸の彼女」だが、びっくりするぐらい夢中になって読みきってしまった。
「対岸の彼女」を読んでみると、言葉が自分に染み込んでいくような気がした。一つ一つの言葉が感覚で語られることなく、自分の理解する範囲内ちょうどで、一つ一つ飲み込まれていく。
主婦としての日常に疑問を持つ小夜子。小夜子と対照的な性格を持ち、一人会社をきりもみする葵。「そんなとこにあたしの大切なもんはないし。」と強い意思を見せるナナコ。すぐそばで話されているようなリアリズムを持ち、どこにでもあるような感情が「言葉」として素直に書かれている気がする。また、不安定な学生時代と、大人になり主婦として生きる今、子供が過ごす保育園の世界。そういった世界が互いに意味を持ち、「対岸の彼女」という本のなかで、同じ時間軸のように頭の中を流れていく。
「情熱大陸」に作者の角田光代さんを見ていて、この人の本を読みたくなったのだが、前から気になっていた「幸福な遊戯」も文庫になっているので読んでみたい。(文庫というのがポイント)

なんであたしたちはなんにも選ぶことができないんだろう。

「対岸の彼女」で書かれている学生時代はとてもリアルだった。全員中途半端な年齢、他人しかいない集団の中で、「未来を選びなさい」と前をふさがれる。小さなコミュニティがお互いの顔色を伺い、行列から離れないように、群れを成して地面も見ずに歩いていく。今だってそうだ。学生であろうと、社会人であろうと、人間という不完全な集団に代わりがないのだから、悲観するほどのことでもない。どこにむかっているのかなんて、わかっている人間のほうが少ない。
僕自身、何かを選んでここにいる実感がないもの。
じゃあどこに向かえばいいんだろう。バイクで第一京浜を品川に走りながら、そんなことを考えた。日曜日ということもあってか、駅周辺にはたくさんの人があふれている。しかし、考えていた以上に道は快適に流れていた。都会の休日はすいていて助かる。信号待ちで人の流れを横に見ながら、またそんなことを考えた。
最近になって、どこか遠くまでバイクで行きたいと思うようになった。当面の目標は「立山黒部アルペンルート」と「富士山登頂」だ。しかし、そうではなくあてもなく、何も考えることなく、どこか遠くへ向かって走って行きたい。そして、どこかでこう思うのだ。
「何やってんだよ」
ピンポンでスマイルが無我夢中に走る意味がとてもよくわかる。どこかへ行こうとしているわけではないのだ。ただ、どこかへと向かいたかっただけなのだ。
明日は休みをもらったので、雨がやんだらまたバイクでどこかへ向かおうとするだろう。そして、お金を使い、ごはんをたべ、また信号待ちで人を眺めてしまうのだろう。みんなどこへいくのかなとか考えるのだろう。

ずっと移動しているのに、どこにもいけないような気がするね。

コメント

  1. lieutenant+duck より:

    こんにちは。
    何も言うことはないのですが、コメントを書かずにいられませんでした。この記事読んだよって。
    今日お休みだったのですか、羨ましい。

  2. だい より:

    14時間寝てしまったので、休日が消えました。ははははは

  3. 角田光代 「対岸の彼女」

     
    文春文庫(か 32-5)
    出版社:文藝春秋
    ISBN:978-4-16-767205-8
    発行:2007/10
    大人にな…