ジャンプ

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ジャンプジャンプ – 佐藤正午原作
サラリーマン三谷(原田泰造)は、恋人みはる(笛木優子)と飲んだ後、彼女の家に酔っ払ったまま泊まるが、「りんごを買いに行く」といって玄関先で別れたみはるは、三谷が朝目が覚めた後も帰ってきておらず、突然姿を消してしまう。理由がわからない三谷は、会社を休んで彼女を探すのだが。。。
年間10万人の人間が失踪しているという。事件や事故などでそうなるケースもあるが、「すべてを投げ出してゼロになる」という人間がこんなにもいるということに驚きだ。
三谷は数少ないみはるの痕跡から、彼女を探し回るが、いなくなった理由はもちろん、居場所の心当たりすら浮かばない。半年間付き合っていたのに、彼女のことを何も知らない三谷。一番近くにいた人間のことをまったく知らないという事実。彼自身が知ろうとしなかったのか、みはるが語ろうとしなかったのか、2人の関係がとてもあいまいだったことを、原田泰造が好演していた。


一番好きな人のことをもっと知りたい。
そういうのは当たり前だと思う。しかし、失踪という形でその人がいなくなったとき、どれだけ信頼関係があったとしても、きっと迷ってしまうだろう。また、どこかでそういう気持ちが消えていくような気がする。大切な人であっても、人それぞれ価値観が違う。求めるものと求められるものが大きく違う場合もあるのだから、情報は必ずしも必須というわけでもない。
多分僕は、自分にとって重要なことを人には決して話さない人間だ。それは、そのことが人に伝わらなかったときがとても怖いからだと思っている。また、話しても仕方がないと思っている。話すか話さないかで考えてもラチはあかないし、話すべき人間ならば、自然に話しているだろう。
また、今までいろんなこと知ったとしても、それが全てHappyになるわけでもない。知らないほうがいいことも結構あったりする。知ってつらい思いをすることもある。

街中であなたが私を探している姿を見て、私は幸せを感じた。

映画ジャンプの中で、三谷は彼女を探し回る。そんな三谷を捨ててジャンプしたみはるに、自分が感じた幸せの重みを感じることができたのだろうか?また、それでも探し回る三谷は理由を知って何になるのだろう。
映画の最後のほうが火曜サスペンス劇場のようだったので、そんなことを感じてしまった。
みはるは京急蒲田近辺に住んでいるという設定のため、どこかでみたことのある風景が結構あったので、いきなりジャンプした自分を考えてみた。そのまま寝たら、とても嫌な夢を見た。
心臓の奥をかじられたようなとても嫌な夢。