カナリア

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カナリアカナリア – 塩田明彦監督作品
95年地下鉄サリン事件から10年。
カルト集団ニルヴァーナに強制捜査が入り、鳥のかご「カナリア」から現実に引き戻された光一(石田法嗣)と妹の朝子。光一は、祖父母の引き取りを拒み、朝子だけが祖父母に引き取られていく。そして、光一は朝子を連れ戻すために、施設を脱走し、祖父母が住む東京を目指すのだが。
途中知り合った由希(谷村美月)も、心に傷を持つ少女だった。強い信念を持つ光一と出会い、由希も自分自身を見つめなおしていく。互いが互いをゆずらない2人は、やがて東京にたどり着くのだが、2人のたびはそこで終わることができなかった。
「救いようがない」という言葉が浮かんできた。
教団が起こした事件によって、信じてきたすべてが失われる。大人たちのうつろな目。カナリアにいた子供達に、現実を受け止めることなんてできるのだろうか?


この前、地下鉄サリン事件からその後の教団をテレビで取材していた。彼らは町の人間から迫害され、常に監視されて過ごしている。現実は彼らを受け入れることをしない。
それもそのはずだ、彼らの一部とはいえ、恐ろしい計画を実行した人間たちのうち数人は、今もなおつかまってはいない。僕自身も通勤で使っている電車内での無差別殺人事件。通常言われる「日常」が壊され、誰もが恐怖を隠しきれないのだろう。
でも多分、教団がなくなっても、教祖が死刑になっても、実行犯が捕まっても、何も変わることはない気がする。記憶は消えないし、誰だって怖い。僕だって怖いと思っている。彼らだってそうだ。
母によってカナリアにつれてきた光一は、その時点で現実を受け入れることができなかった。カナリアでの生活も、彼自身が望んだわけではなく、彼はずっと混乱している。
光一はお金もなく、まだ12歳の子供だ。現実的に考えても、幼い妹を連れて生きていくことができるとは思えないし、社会も受け入れることがないだろう。ここから「救いようがない」という言葉が浮かんだ。しかし、力強く生きて行こうとする彼の姿からは、さまざまな憎しみや恐怖がどんどん消えていく。
彼も僕と同じ人間なのだということが伝わってくる。
カナリアの鳥かご。あの事件の子供たちはこの表現のとおり、鳥かごに縛られていたのかもしれない。だとすれば、カナリアが空を飛ぼうとするとき、誰にも邪魔をすることなんてできない。
鳥かごのないカナリアは、自由に空を飛ぶことができるのだから。
風邪がいっこうによくならないが、天気がよかったのでバイクで渋谷アミューズCQNへGO!明治通りから渋谷駅を抜け、宮下公園前に到着。ここから映画館を探すが、その間に、金券ショップでチケットを買ったり、街の写真を撮ったりした。1時間後、見つからないので、バイクの場所に戻ってみると、そこが渋谷アミューズCQNということが判明。(神宮前まで歩いてもーたがな)
恐るべし東京砂漠。
(参考)
カナリアオフィシャルサイト
アミューズQCN