じいちゃんが死んだ日 その3

感想おまちしてます!

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(写真)大阪日本橋ガンダムショップ

松山から宇和島までは、道がとても渋滞していた。
それもそのはず、日付は盆休みのど真ん中だった。
あとから親父から聞いたが、車で来たときもひどかったらしい。
バイクはすり抜けることができるため、渋滞はなんとか攻略することができた。
しかし、僕のお尻は限界に到達しようとしていた。
じっと座ることができない。
海沿いの道は最高だった。
海が見えるたびに、お尻の痛みを忘れた。
風が最高に気持ちいい。
通り過ぎるライダーが手を上げて合図をしてくれた。
毎回毎回、すれ違うライダーは挨拶をしてくれる。
僕は思い切って、次にすれ違ったライダーに手で合図をした。
ライダーは少し笑いながら、軽く手を上げる。
心が通じた瞬間である。
あの時僕は、「俺達ってかっこいいよな・・・」と自分に酔ってしまった。


しばらくして、あることに気がついた。
僕はじいちゃんちの場所を知らない。
鉄砲玉のように大阪を飛び出したおバカな大阪人がここにいた。
しかし、「なんとかなるさ、ケセラセラ はははは!」と
明るく考えていた。
そういうわけで、なんなくじいちゃんちに到着した。
6時間以上走り続けた僕を、先に来ていた人たちが暖かく迎えてくれた。
僕は、安心したのとクタクタに疲れたのがあってか、
眠る場所を探した。
親戚のおばちゃんが、フラフラの僕を案内してくれ、
その場所で僕は深い眠りに落ちた。



ものすごい怖い夢を見た。
じいちゃんの夢だった。
僕は目を覚まし、周りを見渡した。
そこには死んだじいちゃんが横になっていた。
彼はもう動かない。
夢の中では動いていたけど、彼はもう動かない。
実を言うと、「お前はいい大学に入れる」とよくいってたじいちゃんが嫌いだった。
じいちゃんがでてくる戦争の本を読んだけど、
じいちゃんは僕には理解できない時代を生きていたからだろうか。
でもじいちゃんは、夏に帰ったときにうれしそうにしてくれた。
じいちゃんは僕が気がついたときからじいちゃんだった。
あんときは、涙も出なかったけど、これ書いててなんか涙が出てきた。
思い出が少ししかなくて寂しいけど、
僕がおとん、おかんの子供であり続けるように、
じいちゃんはずっとおれのじいちゃんだと思った。